矢野雅幸ブログ

ヒコー少年回想録6

投稿日時:2016/05/19(木) 16:16

社会主義と共産主義の国では、西側の国ではあまり経験しない事が普通に起きていたように思いました。ロシアには5~6回行きましたが、90年代後半モスクワの話です。

その時は市内と近郊の街に行きましたが、4日間の滞在(当時のJALは週2便だった)で、1日目はホテルに地方のモデラー2人に夜行列車で来て貰い、究極のモデルのF-86とFw190D-9の途中まで製作したモデルを見ながら打ち合わせをしました。

その時は10月中旬でモスクワは寒かったのですが、ホテルの部屋には暖房は入っていなくて(宿泊客は寒さに強いのかな?)夜は寒さで早くベッドに入り、一晩は我慢しましたが、翌日に通訳のジーマ氏(彼は後に日本人女性と結婚して、現在は日本に在住です)に頼んで部屋にオイル・ヒーターを入れて貰いました。

翌日は、郊外のミュージアムに行きましたが、門の付近に大勢の人が歩いていてジーマ氏が車内に居るように言って、車は門を通りました。このミュージアムはロシアでは有名な場所でしたが、屋外にTu144コンコルドスキーやカスピの怪物等、見た事のある機種が数多く展示されていましたが、西側のミュージアムの屋外展示に比べると、僕には雑多に野ざらしにしている様にしか見えませんでした。

屋内展示の機種では、どうしても触って確かめたい機体があり、そのIL2シュトロモビク(地上攻撃機で空飛ぶタンク)を見つけて、機体下部を触っていた時に軍服の老人が近づいて来て、突然ロシア語でIL2の解説をし始めましたが、殆ど内容は分かりませんでした。

屋内展示機はミグ、ポリカリポフ、ヤク、ラグ等のソビエト、ソ連時代の代表的な機体が在り、マニアにとっては貴重な機種が多く展示されていました。その日は郊外の「星の街」に行きましたが、街に入る所にゲート・ガードのミグ21がデスクトップ・モデルの様に飾られていました。東欧圏諸国とロシアではミグ15、21(ポーランドでは野外展示して在ったミグ21は2000ドル!)は大量生産された機体で、東側の国では街の入り口に飾られているのはよく見ました。

その街では飛行場の横にある建物に行き、モデラー(?)と入口に近い部屋でモデルを見せて貰い、買いたいと言ったら、ここでは渡せないので外の車の中で待つように言われました。

10分ほど待っていると、打ち合わせした人が手提げ袋を目立たないように持って、通用口の係員に見つからないように車まで来て、車の中で商談をしてお金を払いモデルを貰いました。

この日は、夜に現地の編集者と会う約束があったので指定されたレストランに行きましたが、そのお店は着物風?な上着を着た変なウェイトレス嬢がいる日本風のレストランでしたので、3人でスキヤキ(一人前150ドルだった!)を頼みました。ウェイトレス嬢はスキヤキのセットを持って来るなり料理(?)を始めましたが、日本で食べたスキヤキの味と見た目は相当違っていました!

3日目はモスクワ市内に在るモデル・ミュージアムに行き、モデル(殆どがロシア機)を見学させて貰いましたが、展示しているモデルの中で何か売れるモデルは無いのかと聞いたところ、Mig19が2機(ホントカナ?)あるので売ってくれると言い、又もや外の車の中で待ってくれと言われましたので、入り口の正面に置いた車の中から入口を見ていると、前日と同様に手提げ袋にモデルを入れて入口の係員に見えない様に外に出てきて、車内で値段の交渉をしてモデルを買いましたが、これがロシア式の交渉なのかなと思いました。

次に行った所は一軒家で、ドアをノックすると黒のレザージャケット姿の用心棒にしか見えない男性が対応して、ドアを開けるとすぐに部屋になっていて奥の壁のコーナーに大きな机の奥に、今回の打合わせの相手が座っていました。

その人物は、自分から元将軍(?)と名乗ってモデルを送る時は軍の輸送機関を使えると言いましたが、胡散臭い感じがしました。

机の上に置いてあった装甲車のモデルの値段を聞いたら60ドルと言われましたが、色々な話をすると益々怪しく思えましたので、早々にこの場所から去った方が良いと思ったので、机の上にあった装甲車のモデルを買って穏便に帰ろうとして、再度値段を聞いたら240ドルと意外な値段を言われました。さっき迄60ドルと言っていたのに!

仕方なく装甲車のモデルを買ってホテルに帰りました。それまでにも色々な国の模型製作会社とモデラー達に会いましたが、これ程怪しい人に出会ったのはロシアならでの事と思いました。その時の装甲車のモデルは今でも記念に持っています。

4日目は地方から来て貰った、ロシアでは珍しいモデル製作会社社長に会い、持ってきたモデル(Tu144*1/48)を見せて貰いましたが、後に地方都市のこの会社にはドイツから2回行きました。

その日は時間があったので、夕方にジーマ氏と初めてモスクワの地下鉄に乗って初めて赤の広場に行きました。広場と建物は素晴らしいと思いましたが、僕にはキーウェストの方が感動的でした。

帰りにホテルの近くの屋台でジーマ氏が丸いパン(1個20円位)を2個買ってくれましたが、モスクワのレストランやホテルの日本食レストラン(ベトナム人の経営)で食べた物より一番美味しかったのは只の丸いパンでした。

帰りの日はタクシーでシェレメチボ空港に行きましたが、ロシアの空港の出国は最初に係員が手荷物とトランクを空けて調べるので、西側の様にXレイでトランクを透視するのではなくて、係員が目視で荷物やトランクを空けさせて調べるので、相当時間が掛り列に並んで居たら、丁度係員が交代する時間になったらしく、係員が一斉に居なくなると、何列か並んでいた人達が一斉に荷物やトランクを持ってその場を通り過ぎました。

勿論!僕もその場を通り抜けてJALのボーディング・カウンターに行きましたが、そこで発券係のオバチャン(ロシアは働いているオバチャンは厳しい)が、僕の持っていたモデルの箱を機内持ち込みに対してオバチャンはロシア語で何やら言ってましたが、側にいたJALの若いロシア人男性スタッフ(日本語が喋れた)がオバチャンを完全に無視して行かしてくれました。

機内に持ち込むモデルのダンボール箱を持って歩いてたら、黒皮のコート(東側は何時も同じファッションで昔のKGB!)を着た人が僕に近づいて来て、パスポートと箱の中身と幾らドルを持っているかと聞かれましたが、何時もの様に300ドルとカードを見せて

何事も無く待合室に行きました。

西側の国では、こんな質問を受けた事は一度も有りませんがロシア、ウクライナでは何度もありました。それにしても、旧態依然のファッションは如何にかならないのかな! 昔のソ連のKGB(秘密警察)のようでイメージ悪すぎ!!