矢野雅幸ブログ

ヒコー少年回想録7

投稿日時:2016/08/18(木) 00:21

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1988年の8月に友達と僕の3人でイギリスに行った話しです。

ある英国の車雑誌にロータス・ミーティングがドニントン・パーク・サーキットで開催と載っていたので、スーパー・セブンに乗っている二人の友達を誘いました。一人は英国テイジンに2年半程行っていたセブン・オーナーで、彼はイギリス英語が喋れたので色々な場所で通訳として助けてくれました。

もう一人はIBMに勤めていて、スーパー・セブンは2台目のオーナーでした。3人共車が好きなのでロータス・ミーティングのあるドニントンに行く間に、車関係の会社や工房に行こうと言う事で話が纏まりました。僕はそれまでに2回イギリスに行っていましたが、何時も入国審査に時間が掛るので、一計を案じてイミグレーション・オフィサー用にロータス・ミーティング記事のコピーを持って行きました。

ヒースロー空港に着いて、何時ものように長い列に並んで入国審査を待ちました。僕の番が来てイミグレーション・オフィサーが何時ものように‘目的は?’と聞かれたので例のコピーを見せたところ直ぐにスタンプを押してくれました。イギリス人ならロータスを知らない訳が無いと思ったのは正解でした。

ロンドンでレンタカーを借りて最初に行った所は、勿論!サリー州

ケイターハム・ヒルズに在るスーパー・セブンの聖地、ケイターハム・カーズ(現在はケント州に在る)でした。

次に行ったのはクラシック・ロータスで有名なマイク・ブラザーフッドの所に行きました。僕達はお店だと思って探していましたが、見つけたのは普通の家の納屋で昔のロータス車を修復している所でした。

次はTVRに行きましたが、思っていたより小さい場所でタスカンが一台在りましたが、それだけでした。

次に行った所はマーコス社でしたが、社長が会ってくれて工場を見せて貰いましたが、マーコスGT(ボディはグラス・ファイバー)のバルク・ヘッドに木を使っているのは、いかにもイギリスぽい感じがしました。

翌日のドニントン・パーク・サーキットの駐車場には、昼前に着きましたが、サーキット側の芝生には今迄に見た事の無い数のロータス・エランが並んでいました。しかも、雑誌で見たエランのバンも在りましたが、ロータス・ヨーロッパが殆ど無かったのは不思議でした。元々、ロータス・ヨーロッパはフランス向けの車でミッションはルノー製を使っていましたが、ロンドンでも見た事が無いのでイギリスでは人気が無いのかな?

僕達が驚いたのは、日本では決して観る事が無かったスーパー・セブンのデモンストレーションで、まるでスーパー・セブンが舞を舞っているような感じで、色々な凄いドライブテクニックを披露して、同じセブン乗りとしては凄く刺激になりました。それと、歴史的に貴重なジム・クラーク(60年代のF-1レーサー/現代のアイルトン・セナのような存在)のロータス25を、当時の元メカニックがフル・レストアをして持って来て展示してましたが、イギリス人のF-1の歴史の深さを見ました。

ドニントン・パーク・サーキットで、数年前から知っていたドイツ・セブン・オーナーズ・クラブの副会長に初めて会いました。

彼はレーシング・カーのロータス61(正確では無いかも)を持って来ていて見せて貰いました。ドニントン・パーク・サーキットで知り合ったイギリス人の家に翌日に行く事になり、その日は近くの町に夕方に着きましたが町の商店は閉まっていて、商店街の外れに誘蛾灯のように沢山の電灯を点けているお店に行きました。お店はテンプラ屋で若い女の子の売り子が積極的にテンプラを勧めてくるのです。僕達もお腹がすいていたので各自が何個かテンプラを買って、もう一軒開いていた酒屋で缶ビールとコーラを買ってから歩道の端に在ったベンチに座ってテンプラを一口食べましたが、あまりの不味さに三人とも側のゴミ箱に全部捨てました。

その後、イギリスには何度となく行き、色々なレストランで食べましたが食事は日本食か中華が無難で、イギリスではアメリカのファースト・フードがまともに思えました。

その町で一泊する必要があったのでB&B(漫才のB&Bでは無く!ベッド&ブレック・ファストの略)を探して、パブの上にB&Bを見つけてそこに泊まりました。夜になって3人で階下のパブに食事をしに行きましたが、地方の町だからかも知れませんがパブではあまり歓迎されていない感じの雰囲気で早々に食事(ここも不味かった)をして部屋に戻りました。

2回目にイギリスに行った時に、ビューリー(オート・ジャンブル)の会場で「ジャップ!」と呼ばれたのを思い出しました。

翌日はドニントン・パーク・サーキットで知り合ったイギリス人の家に行きましたが、彼はケイターハム社のスーパー・セブンをフェリーする仕事をしていて、家には2台のスーパー・セブンが置いて有りましたので彼と僕達が2台に分乗して、近くの町に在るストーン・ヘンジ行きましたが、途中の町中では東洋人がスーパー・セブンに乗っている為かジロジロ見られました。

ストーン・ヘンジにスーパー・セブンで近づくにつれて空が怪しい雰囲気になり一時的に激しい雨が降りましたが、イギリス特有の天候で直ぐに雨は上がりましたが、ストーン・ヘンジの側に虹が見えて、何か神秘的な雰囲気でした。

ロンドンに戻る前にロータス社に行きましたが、生憎、夏休み中だったらしくて、工場は閉まっていて見学が出来なくて僕達はガッカリしましたが、僕達は憧れのロータス社の場所に来た記念に何かを持って帰りたくて各自で探しました。僕はロータスの工場の壁に貼っていた駐車禁止のプレートを剥がして(良い子は真似しないで)持って帰りましたが、そのプレートは今でも大切に自宅の壁に飾っています。それにしてもイギリスの車文化の奥深さを知りました。

当時のイギリス車産業は外国資本があまり入っていませんでしたが、現在のイギリス車は殆どが外国資本が入ってしまって、有名なミニもオースチン/レイランド/ローバー・ミニになり、今やBMWミニになりましたが、ロータスも残念ながらアジアのある会社の傘下になりました。