矢野雅幸ブログ

ヒコー少年回想録18-1976年ニューヨークの出来事-2

投稿日時:2018/05/27(日) 21:44

1976年のニューヨークでの体験談。

その当時の東京では、余ほど特殊な地域に居ない限り経験しない様な事がマンハッタンでは日常的に起きていた様です。

ブロードウェイ11丁目に在ったスピーク・イージー・アンティクスに頻繁にティン・トイを買いに行っていて、オーナーのボブとリタとは仲良くなりました。ある日、お店に行った時にディナーに誘われましたが、お店が終わるまでには3時間ぐらい有ったので近くの映画館に行きました。そこでは西部劇を上映していて、室内は暗かったのですが椅子に座り映画を観ていたのですが、何人かの客がスクリーンの前を歩いていましたが、一人の客が僕の隣に座りました。席は殆ど空いているのに変だなと思いながら映画を観ていたら、隣に座った人が僕の太ももを触って来ました。最初は何か勘違いしているのではと思いましたが、ハッと!気が付いて映画館を急いで出たのは言うまでもありません。後で、ボブとリタに聞いたら笑いながら、その映画館はその手の人が相手を探すので有名な所だよと言ってました。

その当時は、昼間にワシントン広場で座っていると、チープ・スモーク(マリファナの事)要らないかと言って来る怪しげな人が必ず居ましたし、42丁目の辺りには何時もトランプ4枚を使って賭けさす危ない連中が居ました(今でも変わって無いのかなあ~?)。どちらにしてもスリリングなニューヨークでした。

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矢野雅幸(やの まさゆき)
大学卒業後、CBSソニーレコード(当時)に入社。27歳で独立、フリーのデザイナーとして「ビタミンスタジオ」を設立。数多くのアーティストのレコード、CDジャケットのデザインを手懸けている。その後東京 南青山の骨董通りにデスクトップ/ミュージアムモデル専門店「ウイング クラブ」をオープン。この種のモデルの国内における認知を高めると共に、独自のジャンルとして定着させた。