矢野雅幸ブログ

ヒコー少年回想録27-最後に乗った車の話

投稿日時:2019/10/26(土) 22:28

最後に乗った車の話しです。
 ALSになり車を運転出来なくなりましたが、僕の最後の車はBMW550iツーリングとポルシェ・ケイマンSでした。ケイマンSは納車されたばかりでしたが、九州の福岡市のお客様からミュージアム・モデルの大き目のモデルを買って頂いていたのと、大阪のお客様もミュージアム・モデルの少し小さ目のモデルを買って頂いていました。福岡市のお客様もポルシェの同じ車種をオーダーしていてケイマンは発売直後で、僕はポルシエのデイラーにオーダーしていましたが約6ヶ月待って納車されました。 
 福岡市内ではケイマンが走っているのを見た事無いので、福岡のお客様からケイマンSを見せて欲しいと頼まれました。ケイマンSの慣らしも兼ねて2モデルを積んで大阪と福岡に行く事にしましたが、1機のモデルが大きいので助手席に置いて、もう1機のモデルは前のトランクに入れましたので、自分用のカバンは後部のトランクに入れました。ポルシェの凄い所は、RRとMRであれ荷物を2人分を積めて、高速で移動出来るスポーツ・カーとGT・カーにあると思います。
 以前ホンダのS2000を持っていたのですが、後ろのトランクにはミュージアム・モデルの箱は全然入らなくて助手席に置くしかありませんでした。ポルシェ・ケイマンSはMRなので後ろにも前にも実用的なトランクがあるので、ポルシェのパッケージングの良さが分りました。
 行きはデイラーから言われたように、エンジンの慣らしが終ってないので4000回転以下を守りながら大阪と福岡に行く事にしました。大阪には何事も無く豊中に着いて、お客様に納品を終えてから小学4、5年生の時に住んでいた伊丹阪急駅の近くのホテルに泊まりました。翌日は山陽自動車道を通り順調に進んで行きましたが、九州に渡ってから小倉の付近の高速道路上で突然渋滞してしまい(事故なのか分らないまま高速道路上で全部の車が10~15分位止まっていました)、予定していた福岡天神のホテルに6時まで着く事は出来なくて、結局ホテルに着いたのは7時過ぎになりチェック・インして部屋に入り、直ぐにモデルを持ってタクシーに乗りお客様のマンションに向かいました。お客様はモデルを待っていてケースにモデルを入れてから、お客様が予約していたレストランにタクシーで行き、休む暇も無くモデルをお客様に納品したので相当疲れていました。お客様はビールを飲んでから食事をしたので、僕もビールを飲んでから歓談しながら食事をしました。レストランを出たのは11時頃で、タクシーで泊まっているホテルに向かいましたが、途中で飲めないビールをつい飲んでしまったので気分が悪くなって来ましたが、お客様にケイマンSを見せるまでは気分が悪いのを無理やり抑えていました。
 お客様に地下のパーキングに止めていたケイマンSを見せて運転席にも座ってもらい色々説明しました。お客様をホテルの入り口でタクシーで見送ってから部屋に行こうとして、エレベーターの前に来た時に事件が起こりました。それまでは気分が悪いのを抑えていましたが、お客様が帰った安堵感からか、今さっき食事と飲んだ物を全て噴水のようにエレベーター・ドアと床に掛けてしまいました。
 深夜だったので客は誰もいなかったので助かりましたし、ホテルの従業員が直ぐに僕の側に来て、後の掃除は我々でやりますのでお客様は部屋でお休み下さいと言われましたので、従業員に何度も謝り部屋に行き疲れていたので直ぐに寝ましたが、翌朝は起きた時に、一番にフロントに行きましたがエレベーターの扉と床は何事も無く綺麗になっていました。フロントのマネジャーらしき人に昨夜の出来事を話して幾らか弁償しますと言ったら、何事もなかった様に対応してくれましたが、福岡に来た時は何年も前からそのホテルに泊まっていると言いたかったのですが、今後の事もあるので言わないでおきました。
 その日は東京に帰る日だったので、ケイマンSは約1500キロくらい走っていたので、福岡市内のポルシェ・ディラーでエンジン・オイル、エレメントを変えてもらい、そこから福岡高速に乗り山陽自動車道経由、名神高速で京都まで行き一泊して、東名高速で東京に帰って来ましたが、往復の距離は約2700キロを走っていましたのでケイマンSは一度の納品で慣らしが終りました。 
 その約4ヶ月後に、BMW550iツーリングで鹿児島のお客様に納品がありましたが、大阪に納品があったので家を早く出て大阪のお客様には3時頃に納品して、山陽自動車道で広島空港の側まで走って行き夜遅くにホテルに着きましたが、BMW550iツーリングで無かったら、一日で広島までは行け無かったと思いますが、
 昔、BMW530iツーリングでスタッフを一人乗せて、一日で福岡市まで行った事があり広島はそんなに疲れませんでした。
 翌日は鹿児島県の川内(センダイ)まで走って行きましたが、その日は鹿児島市内に泊まりました。翌朝は激しい雨の中をお客様の川内に午前中の10時に着く様に向かいました。モデルを納品して直ぐに福岡方面の高速に乗り下関埠頭から晴海埠頭(2日後に着く)に行くフェリーを見つけたので、車の乗船手続きをしてパーキングにBMW550iツーリングを置いてから、タクシーで下関駅に行きました。僕は新幹線で東京に帰って来ましたが、久し振りに乗った新幹線はヤッパリ楽チンでした!!

 

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矢野雅幸(やの まさゆき)
大学卒業後、CBSソニーレコード(当時)に入社。27歳で独立、フリーのデザイナーとして「ビタミンスタジオ」を設立。数多くのアーティストのレコード、CDジャケットのデザインを手懸けている。その後東京 南青山の骨董通りにデスクトップ/ミュージアムモデル専門店「ウイング クラブ」をオープン。この種のモデルの国内における認知を高めると共に、独自のジャンルとして定着させた。