矢野雅幸ブログ

ヒコー少年回想録29-ケータハム・セブンで雨に降られた話

投稿日時:2020/06/19(金) 19:28

ケーターハム・セブンに乗って雨に降られた話です。

1度目は最初のセブンの時で、ホルベイ・エンジンの126馬力シングル・カムでした。僕の初めてのセブン・ミーティングは富士レースウェイのパーキングに集合でしたが、その日は朝から雨で仕方なく簡易車庫で幌を張って出かけました。東名高速に用賀から乗りましたが厚木の辺りで雨は止み曇り空になりました。

指定されたパーキングに着くと、今迄に見た事が無い位の色々なカラーのセブンが集まっていました。

その後、セブン・オーナーが集まって各人の紹介と各人のセブンは何のエンジンを積んでいるのかを言いました。それから何人かが幌を張っていたので取るように言われたので皆オープンにした所で、何台かのセブンで箱根に走りに行きましたが、セブンで走る箱根のカーブも簡単に曲がれるので、セブンを買って良かったと思った瞬間でした。その後は雨が降って来ましたが、小雨だったので東名高速に乗りオープンのまま家まで帰りましたがセブンでオープンで走る良さが分かりました。

2度目に雨に降られたのは、夏に伊豆半島のペンションでセブンのオーナーズ・クラブの集まりがあり行った時でしたが、当日は晴れていて箱根の運転を楽しみながら通り、伊豆のペンションまで快適に行きました。僕のセブンは、最初のセブンは車重が580キロ位しかないセブンに126馬力は充分なパワーでした。

僕のセブンはレーシング・スクリーンを付けていて幌を張れない仕様にしていました。翌日は朝から小雨だったので、用意していた雨用の雨合羽を着て頭は高速道路用のアメリカ海軍のジェット・パイロット(ダブル・バイザー)ヘルメットを改造してウォークマンでロックを聴ける様にしたヘルメットを被って東京まで帰りましたが、大和トンネル辺りを過ぎた所で雨は止み天候が回復して曇り空になりました。セブンは雨に降られるとボディはアルミなのでそのままにして置くとアルミは曇りますし、開口部が多いので、そこからフレーム(シャーシは鉄のパイプ)に雨が入ると拭けない所もあり、長い時間でその箇所から腐って来ますし、ロア・アーム、ダンパー、スプリング、スタビライザー等が車体の外に出ているので拭いて置かないと錆が出て来ます。ボディのアルミも雨に降られた時は、翌日に晴れていれば2時間掛けてアルミのボディをピカールとスタンドで売っている特殊な布で磨きました。

3度目に雨に降られたのは、2台目のコスワースBDRエンジン(155馬力)の時でしたが、このセブンは軽量化とロータスセブンS2の外観を僕なりの考えで目指していたので、ケント州のケーターハム社に行って、サイクル・フェンダー用のボディを買って組み上げたセブンで、ボンネット・ルーバーは続けて空いた物を選んで、後ろのスペア・タイアは積めない様にしてステーを切り、幌用の骨も根元から取り、レーシング・スクリーンにバック・ミラーは1個だけ付けて軽量化を計りました。ヘッドライトはスポットを友達の作ったステーに取り付けて、ウィンカー類はすべてガラスにしました。

エンジン周りはキャブレターに網の付いたファンネルを取り付けて、ドライサンプタンクを付けて、ホースは全てメッシュに、ラジェターは3層にしたので夏でも温度は一定でした。足回りは、4本ともスパックスの車高調整ダンパーを付けて、ロア・アームに補強のアームを溶接しもらい、スプリング等の足回とネジ類は全てクロームメッキ仕様にしました。ホイールもフォートランに変えて、タイヤも扁平率を変えて少しでも軽くしました。

その日は東京は晴れていたので、僕だけデザイン・スタジオを休んで箱根の天城高原の知り合いの家に行く事にしました。東名高速は平日なので交通量も少なく、厚木から箱根に行く為に厚木自動車道路を走りました。箱根のふもとに着くと雨が降って来ましたが、空の一部が晴れていたので、その内に晴れると思い大観山パーキングに行っても雨は降っていて段々雨が本降りになって来ました。雨降る中を天城高原の知人の家まで行きましたが、雨は止みそうに無かったので2時間位居ましたが、知人の家でセブン用の雨合羽を着て出発しました。箱根は雨が降り続けていて東名高速に乗っても同じ状況でした。

大和トンネル前から渋滞が始まり、雨の中で車が止まっていて周りの車から奇異の目で見られているのが分かりました。家に帰っても雨は降っていましたので、簡易ガレージの下でトノカバーを外してからベンチシートは差し込んでいるだけなので外して部屋で乾かしました。ボディは特殊な布で拭いてからピカールで磨きました。

セブンで雨に降られると後の掃除は大変ですが、それに勝る運転の喜びと楽しさを与えてくれるので、セブン教の信者になって深みにハマって行くのです!!

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矢野雅幸(やの まさゆき)
大学卒業後、CBSソニーレコード(当時)に入社。27歳で独立、フリーのデザイナーとして「ビタミンスタジオ」を設立。数多くのアーティストのレコード、CDジャケットのデザインを手懸けている。その後東京 南青山の骨董通りにデスクトップ/ミュージアムモデル専門店「ウイング クラブ」をオープン。この種のモデルの国内における認知を高めると共に、独自のジャンルとして定着させた。