矢野雅幸ブログ

ヒコー少年回想録30-僕が所有した普通車の話

投稿日時:2020/06/19(金) 19:42

僕が所有した普通車の話です。

スポーツ・カーで九州や四国まで何処でも行ってましたが、80年代はスポーツ・カーでは打ち合わせに行けない所も有ったので、普通車が必然的に必要になりました。

最初に持ったのは中古で買った7万円のホンダN360バンでしたが、パネル途中から出ているシフトは独特でした。駐車場の問題で1週間で知り合いのイラストレーターに売ってしまいましたが、運転は面白かったです。イラストレーターはそのN360を気に入り相当直していました。

次に買ったのはホンダ・シテイRでしたが、ゴールデン・ウィークの時に香川の実家に帰る時に酷い事態になりました。高速が混んでいるのはニュースで見ていたので、夜中に出発しましたが用賀の入り口で混んでいました。その時は高速道路が異常に混んでいて、途中で休みながら行ったのに高速道路上は何所迄行っても渋滞していましたが、大阪を過ぎた所で渋滞が無くなりました。

その頃は瀬戸大橋が無くて本州から四国には船で渡っていましたが、香川県の実家に帰るまでに約25時間掛かりました。実家に帰るのは普通は8時間半~9時間半もあれば着いていましたが、後にも先にもそんなに時間が掛かった事はありませんでした。

その次に持ったのは、ホンダのシビックSiでした。この車は気に入っていましたが、シティと同様様に長距離を走ると体が痛くなり、相当疲れました。次はCR−Xを持ちましたが、この車はホイールベースが短くて僕には合わなくて直ぐに手放しました。

次はホンダのドマーニュでした。普通の4ドアの車でしたが、第三京浜高速の出口での日本車とドイツ車の事故で、車の見方が変わりました。日本車は側壁にぶつかり大破してドアが開いていて中の人はケガをしているようでしたが、ドイツ車はぶつかった所はへこんでいましたが、後は普通の状態でした。

事故の状況は分りませんが、結果が物語っていましたので、週末にBMWディラーに行きました。最初は3シリーズの320に試乗しましたが、余りにもドマーニュと似たような感じだったので、5シリーズの525に試乗しました。525はボディの各部がしっかり作られているのが分かりましたのと、ドアの閉める音は日本車に無い物でしたしスピードも充分出るのが分かったので予約しました。それからは、BMW525iセダン、530iツーリング、530iツーリング、550iツーリングに乗りましたが、僕が良かったと思うのは8気筒の550iツーリングでした。モデルの納品で北は仙台から南は鹿児島までに楽に早く行ける事でした。結局、最後に乗ったのはドイツ車になりました。

<< 2020年7月 >>

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
 
矢野雅幸(やの まさゆき)
大学卒業後、CBSソニーレコード(当時)に入社。27歳で独立、フリーのデザイナーとして「ビタミンスタジオ」を設立。数多くのアーティストのレコード、CDジャケットのデザインを手懸けている。その後東京 南青山の骨董通りにデスクトップ/ミュージアムモデル専門店「ウイング クラブ」をオープン。この種のモデルの国内における認知を高めると共に、独自のジャンルとして定着させた。